その昔、アジアの海を縦横無尽に駆け巡っていたレキオス(琉球人)の祖先達。

彼らは単なる漁業のスペシャリストであっただけではなく、立ち寄った異国の港々での立ち居振る舞いによって、現地の人々から際立った尊敬を受ける存在であったと言います。南の海をフィールドに発展していった独自の海事文化は、日本国内では「貝」を基軸にした貿易のルートに沿って、遠く北海道の地まで伝わっていた事が判っている他、新造都市だった江戸の造船業にまで深く影響を与えたと言われています。
近世の例としては、日露戦争開戦に備えて北上するバルチック艦隊を発見した名も無き宮古島の漁師達が、命を賭して130Kmに及ぶ航海を小型漁船「サバニ」で決行し、石垣島の通信施設に伝令した「久松五勇士」のエピソードが、今なお地域の誇りとして語り継がれています。

さて、壊滅的なダメージを受けた第二次世界大戦の終結から「奇蹟の復興」を果たした沖縄県。終戦から既に半世紀以上の時間を経た現状を振り返ってみた時、果たして本当に過去の私達が思い描いていた未来が実現出来ていると言えるでしょうか?

健康食として世界中から高い評価を受けている日本食の中でも、南国の食材を長年の知恵を活かして極めて巧みにアレンジした滋養に溢れる琉球料理は、今では県内でも食の1ジャンルになってしまい、街は本土の外食産業が競って進出する激戦区となっています。
一方、蒸し暑い夏の沖縄で、本土のビジネスマンに合わせてスーツ・ネクタイを着用する必要がどこまであるのか、疑問に思う事もあります。最小限の冷房で済ませられるように、もっと亜熱帯特有の気候に即した衣服の追求がなされる必要は無いでしょうか?
2011年春の東北大震災以前の世界と今では、エネルギー消費に対する考え方に大きな隔たりが生じているにもかかわらず、食の世界同様に本土資本のハウスメーカーが、「本土の家」の提案に躍起です。そんな中で、南国の自然との共生や周囲の人との共存に最も適合していた筈の、昔の「沖縄の瓦家」の知恵は何処まで継承されようとしているでしょうか?

戦後の沖縄が、日本本土ではなく、過去の数百年間がそうであった様に、もう少しだけ東南アジア諸国との関係を密接なものにしていたとしたら、現在の沖縄の衣食住の環境はどのように発展していたのか...?

決して過去に立ち戻る事は出来ない私達ですが、当社ではこの様な考え方を理解して下さる、それぞれの分野の専門家との連携によって、特に海のアジアの中心としての沖縄の衣食住を少しだけ見直した製品の提供を通して、県在住の皆様や沖縄に来られる方々に、より豊かで美しい生活を送って頂くための一助になりたいと考えております。

戦後の本土並みを目指す経済活動の代償として、少しずつ地方としての特異性や美しい海までも失いかけようとしている沖縄。この素晴らしい自然や文化、そして私達が経験して来たあの楽しかった子供の頃の生活を次世代に伝え残す事こそが、今我々に科せられた使命であると信じつつ。

株式会社レキオネシア

会社名

株式会社レキオネシア / Lequionesia Inc.

所在地

〒904-1304
沖縄県国頭郡宜野座村字漢那1690-1 TAURUS NINA 201


大きな地図で見る

連絡先

info @ lequionesia.asia
090-1365-0382

業務内容

  •  亜熱帯気候に適した衣服、履物の研究開発と販売
  •  沖縄の素材や海の幸を活かしたメニューの研究開発、並びに飲食店の経営
  •  沖縄伝統の知恵とアジアのテイストを特徴とするレキオネシアハウスの企画販売
  •  沖縄の海の伝統文化のテーマパークの建設と運営、並びに保存継承事業
  •  ネット通信販売サイトの企画運営、並びにこれに関わる一切の業務
  •  ウェブサイト・印刷物等によるクロスメディアマーケティング